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エリーゼを作った偉人達② リチャード・ラックハム(Richard Rackham)【前編:偉人とシャーシ】

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前回のエリーゼを作った偉人達① ジュリアン・トムソン氏から3年半経ってしまいました、とっても遅い更新で申し訳ありません💦 前回のブログはここ

始めに

1996年に初代エリーゼが発売され、3世代を通して2021年12月、惜しまれながら生産終了となりました。その後エリーゼには、よりレーシングに振った派生モデル「エキシージ」も登場し、ロータスの歴史上もっとも成功したモデルとなったのはご存知の通りです。

第2弾では、そのロータス・エリーゼの“バスタブシャーシ”の開発責任者だった、リチャード・ラックハム氏にフォーカスしていきます。今回は分量が多くなるので【前編】【後編】の2部構成でお届けします。前編は「彼が何者で、何を作ったのか」――人物と技術の話です。

若かりし頃のリチャード・ラックハム氏

経歴のご紹介

学歴:ラフバラ大学(Loughborough University) 1977〜1980年 専攻:Engineering Design and Manufacture(工学設計・製造)/BSc Engineering
※ラフバラ大学は英国における自動車工学の最高峰の一つであり、ロータスをはじめとする英国スポーツカー産業に多くのエンジニアを輩出してきた名門校です。

職歴:グループ・ロータス一筋、通算36年11ヶ月(1987年2月〜2023年12月)

  • 1987年2月〜1993年|Senior Chassis Engineer(フリーランス/ヘセル) “Handling by Lotus” 案件(いすゞ・ピアッツァ/ジェミニ)、ロータス・カールトン、そして1993年ル・マンまでのレース用エスプリ全車のシャシー/ハンドリングを担当。入社時はフリーランス契約だった点も興味深いところです。
  • 1993年〜2001年|Concept Design Engineer, Chassis/Structures(フリーランス)
    • エリーゼ Mk1(生産開始1996年):アルミ構造設計、車両レイアウト&パッケージング、シャシー系の詳細設計を担当 =今回の主役、バスタブシャーシ
    • Elise GT1 ホモロゲーション車のエンジニアリング設計責任
    • アストンマーチン・ヴァンキッシュ(ロータス・エンジニアリングの受託案件):アルミ/コンポジット構造の設計・レイアウト・パッケージング
  • 2001年〜2015年|Vehicle Architect(正社員/ヘセル)
    • アストンマーチン・ヴァンキッシュ(ロータス受託)アルミ/コンポジット構造
    • ロータス・エヴォーラ(2009年生産開始):エリーゼの製造手法を応用した2+2
    • エスプリ後継3車種:いずれも資金面のハードルで頓挫(stillborn)
    • 多数のロータス・コンサルティング案件
  • 2015年〜2019年11月|Chief Platform Engineer(正社員/ヘセル)
    • エヴォーラのフェイスリフトと400bhp化
    • 北米(federal)規制対応の設計変更マネジメント
    • 軽量・高性能化したエヴォーラ410、さらに軽量・高性能のエヴォーラ430の創出
  • 2019年12月〜2023年12月|Head of Vehicle Concepts(正社員/ノリッジ)
    • 軽量BEVスポーツカー・ファミリーの車両アーキテクチャ全体のコンセプト開発(=のちのProject LEVA系)
    • ロータス・エヴァイヤ(Evija) のレイアウト&上位パッケージ
    • ニッチ車両・将来モビリティ分野でのロータス・エンジニアリング顧客支援

※2015年以降の役職と後日談(Vehicle Architect以降〜Project LEVA)は【後編】でじっくり扱います。前編ではMk1の話に集中します。


スタブシャーシ誕生の舞台裏 ―― M111プロジェクト 

   

エリーゼの開発コードは「M111」。プロジェクト名の正式採用は1994年6月21日でした。この時点で木製のバック(モックアップ)を2基用意し、片方はデザインがインテリアを検討するため、もう片方はエンジン搭載位置など主要コンポーネントのレイアウトを煮詰めるため――と、デザインとエンジニアリングが並走する体制が組まれます。

“貼り合わせ”という決断は、実は接着パートナーが決まる前の1994年3月時点で「溶接でもリベットでもなく接着でいく」と社内で固めていた、というのがマニアックなポイント。同年2月、アルミ押し出し材のサプライヤー候補ノルスク・ハイドロ(Norsk Hydro)から Peter Bullivant Clarke 氏が来訪し、本格的な商談がスタート。ロータス側の Hugh Kemp、Daryl Greig らがハイドロを訪問し、接着接合のテストへと進んでいきます。

開発目標の数字がまた渋い。ねじり剛性 約13,600 N·m/deg、シャーシ単体重量 60〜70kg を掲げ、最終的に生産重量68kgでピタリと達成しています。ミルブルックの“ガジェット・ビルディング”では、15.7kgの重りを2mから落とす衝撃試験など、接着接合部の構造テストが繰り返されました。

そして1994年11月末、ハイドロから最初の押し出しアルミシャーシが69.5kgでヘセルに到着。12月14日に初号機(P1)シャーシで初めてエンジンに火が入り、その8日後の1994年12月22日の夜、トニー・シュート(Tony Shute)とリチャード・ラックハム氏自らがヘルメットを被り、ボディの無い“骨格むき出し”状態のP1でヘセルのテストコースを走らせます。 プロジェクト開始からわずか11ヶ月。本人いわく「凍えるようだったが、月明かりの美しい夜で、まさに魔法のような瞬間だった」。ウインドスクリーンだけ付けた骨だけのランナーで車重わずか550kg。2周のシェイクダウンの後、ウォーターホースから水漏れ――という、いかにも開発初期らしいエピソードまで残っています。設計責任者が自分でテストドライブする。この距離感こそ、当時の小さなロータスらしさです。

翌1995年1月からはミルブルックのパヴェ(石畳)路を100周、続く耐久試験で計1,820km/1,130マイルを走破。注目すべきは、走り込んだ後にシャーシを採寸し直しても“へたり”が一切検出されなかったこと。接着構造の耐久性に対する当時の不安を、実走で黙らせた瞬間でした。

※ミルブルック(Millbrook Proving Ground)は、**イギリスにある自動車の総合テスト施設(プルービンググラウンド)**です。エリーゼの記事で出てきた「パヴェ路」「ガジェット・ビルディング」は、この施設での耐久・衝撃テストを指しています。


「接着」という大博打

このシャーシの肝は、アルマイト処理した押し出しアルミ材を“糊で貼る”という発想そのものです。ラックハム氏らが採用した接着剤は、なんとフォードが油の乗った鋼板を貼るのに使っていたもの。これが後にほぼ業界標準になってしまったというから驚きです。本人も「みんなが一点突破でこだわる中、我々は手当たり次第に試した」と、その手探り具合を振り返っています。

面白い構図もあります。アルミを売りたいノルスク・ハイドロに対し、ロータスがやろうとしていたのは「いかにアルミを使わずに(=薄く軽く)成立させるか」。比較対象としてよく挙がるルノー・スポール・スパイダーは溶接ゆえに肉厚が倍必要でしたが、エリーゼは接着だからこそ薄肉で済む。さらに、強度データが無いまま採用した100mm×100mmの接合断面は、ラックハム氏いわく「当てずっぽうで、実際は半分でも持ったかもしれない」。後年になってこそ言える、攻めた設計だったわけです。

ちなみに、この接着アルミ技術がそもそもどこから来たのか――という“出自”には、ランドローバーが絡む意外な前史があります。これは【後編】の開発チームの証言で明かします。


ロータスにとってエリーゼとは ―― “走る広告塔”

ここがマニア向けの裏テーマです。当時のロータスは、車両販売よりも他社へのエンジニアリング・コンサルティングが売上の約7割を占める会社でした。つまりエリーゼは、単なる売り物のスポーツカーである以上に、「ロータスはこんな構造設計ができますよ」という4輪の広告塔でもあったのです。

「莫大な金型投資ができない小規模メーカーだからこそ、シンプルさで生産コストを骨まで削った」というラックハム氏の言葉は、まさにこの事業構造から出てきたもの。剥き出しのアルミのドアシルが、内装パネルの代わりに“仕上げ”として機能する――「シャーシそのものにインテリアを作らせた」という発想は、コストとデザインを同時に解決する離れ業でした。

ちなみに発売初年(1996年)の販売予測は400台。蓋を開ければ桁違いに売れ、97年計画の800台も2,500台へ。納車2年待ちの行列ができ、Mk1だけで累計約3.5万台超という、ロータス史上最量販モデルへと化けていきます。当時はマレーシア資本(Hicom/プロトン)体制下で、まさにこの一台が会社の命運を支えていた時期でもありました。


リチャード・ラックハムという人物 ―― そして愛車遍歴

エンジニアとしての凄みだけでなく、その美意識と人柄もエリーゼの個性そのものです。

そもそもラックハム氏とトムソン氏は二人ともバイク乗りで、「自分たち自身が欲しい車」を作っていました。快適性よりも自由を愛するタイプで、「当時はまだ腰も股関節も健康だったからね」と笑って振り返っています。エリーゼのあちこちに散りばめられたバイク由来のディテール――ホンダCBRのエンジンカバー風の処理、ヤマハ由来のライト、そして給油キャップはラックハム氏が所有していたサンビーム(Sunbeam)のバイクから着想したもの――は、この“バイク小僧”ぶりの賜物です。

彼の愛車遍歴で確実に分かっているのは、なんといってもバイク。エリーゼ開発当時はドゥカティ916を所有していました(トムソン氏は748)。「腕に見合わない難しいバイクほど厄介なものはない。それでも916は、ただ眺めているだけで楽しい一台だった」と語る愛着ぶりが、いかにも“形の美しさ”に惚れ込むエンジニアらしい。

その美意識を象徴するのが、ブガッティへの傾倒です。「ブガッティは一つひとつの部品が美しく、しかも全てが機能している。ベントレーはただのトラックだ」と言い切るあたり、エリーゼの“機能美”がどこから来ているのかがよく分かります。

人柄は寡黙で控えめ、そしてドライなユーモアの持ち主。「最も効率的な服は制服、最も効率的な色はグレーだ」と真顔で語る――そんな人です。エリーゼの存在についても「これは移動や機能のための道具ではない。カメラがそうなったように、もはやファッション・アクセサリーなんだ」と表現するなど、スポーツカー観そのものが鋭い。

そして相棒トムソン氏とは、別々のポータキャビン(仮設プレハブ)にこもり、四六時中エリーゼの話だけをして過ごした親友同士。互いの結婚式で新郎付添人(ベストマン)を務めたほどの間柄でした。あの美しいペダルボックスは、まさにそのセンスの結晶です。


前編のおわりに ―― 次回予告

ここまで、リチャード・ラックハムという人物と、彼が生み出したバスタブシャーシの“何を作ったか”を見てきました。

【後編】では視点を変えて、**「なぜ、あの時代に、あんな車が生まれてしまったのか」**に迫ります。2025年、エリーゼ誕生30周年を記念して、ラックハム氏・ジュリアン・トムソン氏・開発エンジニアのマット・ベッカー氏が再集結。30年越しに語られた“開発現場の生々しい証言”――金がなかったからこその誕生、接着技術のまさかの出自、そして「エリーゼは完璧じゃない」という本人の総括まで。さらに、その後ラックハム氏がエヴァイヤやProject LEVA(次世代EV)へと至る道のりも、後編で締めくくります。

どうぞお楽しみに。

 


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